説明責任はあるよなと。

言葉のアヤです! とか言っても
そういう誤魔化し方したらアカンと思う。

「教えてもらったことが、シナリオに錬成されたから言葉ではもう説明できない」
イコールもう色々なやり取りを、覚えていない。

っていう意味ではないです。
伝わると思って書きましたが、そういう意味にとられたら、違いますよって言わないと。

一時期、「教わった教え」「先生に教わったと思った」いろいろを、必死に言語化していた時期があって、それがシナリオになって、言語化したものは「テーマ」になって落とし込まれた。

それとは少し違う意味合いの……。
ストンと刺さったものは、今も胸に刺さったままで、それを何か「無かったこと」みたいに表現したのが、アカンかったんだろうと思います。
違うよ。違いますよ。

大事な気持ち、貰ったもの、全部大事に残っていますから。

もしかしたら、貰ったものがシナリオになったんだけど、
それから、再会して。またいっぱい貰って。
また新しく紡がれていった物語があるじゃないですか?

それを、対消滅と対生成、という言い方で、表現しました。
言葉が足りずにすみません。本当にすみません。

また、話がしたいな。いろいろ話したいです。

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