悲しみの構造。

どうしてこんなに悲しいのか、その意味が分かったぞ。

経済とか、立場についての問題じゃない。
私の人生や、命に対して、私自身に裁量権はない。所有権はない。

「自分が挑戦して、失敗したら、怪我をするのは自分の膝であって……」
と、あの方は話されていました。
そもそも私にはその権利さえない。

自分の物理的な肉体にも、心にも、裁量権や所有権が無い。

だって誰かのものなんで。
自分一人じゃ維持できなくて、一部か全部かは知らないけど、誰かに権利を引き渡すことで、維持してきた。
そうするしか生き延びる方法は無かった。
人間としての自由意志は無かった。

私は、私のもんじゃない。

そんなことはないよ。そう言ってもらえるとは思います。
でもわかりますか、

そう言ってもらえないと、そうはならない。
悲しみは降る雪のごとく。

だとしても、だとしても、
自分は自由意志をもって、自分の選択をするんだと。
大事な人がいる、その人に与えられる人間になりたい、
その権利は、最初から与えられていないかも知れない、

だから怖い。でも、行動しろと、教わっています。
プルプル膝をふるわせても、自分の足で立てと。
オマエは世界を変えられる側の人間だと。師の言葉を勝手に受け取って、冒険に出る、

そういう、ちびっこの物語です。

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