脚本の話題がバックストーリーに出てきたから意味もなく語ります。
最初、この物語はハッピーエンドじゃなかったんです。
ハッピーエンドの冒険活劇じゃなかった。
主人公が最後に死ぬ話だったんですよね。
それも、こういう物語でよくある「ヒーロー的な活躍と引き換えに、命を落とす」っていう話ですら無かった。
何を残すこともなく死ぬっていう。身体が壊れて死ぬっていう話だったんです。
継ぎ接ぎの身体が限界を迎えた結果、何かしらの成功とか、活躍とか、そういうもんも一切残さずにこの世を去るっていう。
救いのない話だったんです。
一応、物語のクライマックスがあった上での後日談と言う形でしたが、成功を残さないどころか、友人もいなくなって一人になって死ぬ。
AIの相棒は「マシンが限界を迎えた」という理由で消滅するし、ヒロイン(友人)は主人公と別れて、一人で遠い国に旅立ち、向こうで活躍している(主人公はその1stコンサートのCDを大事に持っていたとか)
継ぎ接ぎの身体が限界を迎えたから。当然の帰結として、って語られる。
瀕死の身体が迎える、多臓器不全と同じ意味なんだって医者が言う。
救いがなさすぎるなって今も思っている。
自分のことを描いた物語なんで、シナリオを書いていた当時の心情なんかを考えたりします。
シナリオの本編の話、というか、物語の主人公としては「何者にもなれない主人公」というのは一貫していて。
それは全14話の本編のラストまで一貫しています。何を語るのも意味が無いので……横道にそれてるな……。
その後日談で、そのまま、特に意味もなく死ぬ、という物語。
ただ、世界の片隅で生きて、大好きな人を追いかけた自分の物語だけを、自分の中だけに大事に持って、世界の片隅で静かに死んでいった小さな子供。っていう主人公だった。
この、今になったら「ifストーリー」みたいな位置づけになるんだろうな……この、主人公が静かに死んでいくエピソードで、「師匠」の存在感がすごかった。メチャクチャに。
端的に言ったら、看取るんですよ。
故郷(師匠の本拠地)で、意識がなく、多臓器不全と同じだと言われ、あとはもう最期までデカいコンピュータに繋がれたまま、息を引き取るだけ……っていう主人公を看取る。
シナリオなんで、構想とか構造の話をすると、影響を受けまくった『アルスラーン戦記』のアルスラーンとエステルのエピソードなんだと思う。
背負っている仕事が山ほどある男が、その一瞬だけ全部ほっぽりだして、大事な人を看取るっていう流れ。
意味もなく命を落とさざるを得ない大事な人に、その一瞬、寄り添うことしか出来ないから。
もっと言うと、男には大事な相手はその人以外にもいっぱいいて、でもその人にはそうしてやることしか出来ないからっていう。
なんだろうコレ。
もう作者が女子なんで、そういう話だって思われそうですが、いやそう思われても困るんですが、いや違わないのかも知れない……。
今日の主題は「師匠」ってキャラクター、作者はどういう、何をベースに書いてるんかな、っていったら、もうそれは明らかなんですが。
この、主人公が静かに息を引き取る話で、「師匠」をこういうふうに表現したのって、私の中でどういう意味合いだったのかな。
ってことを、ふと思ったんで書いています。
「でかくなったこいつと、もっと話をしたらよかった」「もっと一緒に過ごしたらよかったな」
って心の中でつぶやく「師匠」に、どういう意味合いを乗せたんかな。私は。
ちょっと奇妙な話になってしまうな……って思いながら書いている。この文章。
サブカル女子の気持ちでーす! って言ってしまった方が、スムーズに話が済むんじゃないか?
夢女子って言われそうだな。とはずっと思っています。
もうそれでいいよ! って言ってしまった方が、スムーズに話が済むんじゃないか?
会っていなかった時間は何年だったんだろう。
いつか、あのとき、もらった言葉がストンと刺さった瞬間があったから(覚えていますよ)。
それが今思えば、理由の大部分になったのだろう、この物語を描き始めたんですよね。
よくわかりません。
どういう想いを描いたのかな。書いてた当時、自分が本当に死ぬかもしれないなって状況で、この物語を書いていたらしいです、私は。ちなみにメタ認知のお化けです。
ハッピーエンドに書き直したことも、きっと何らかの意味合いがあったのだろう。
それは、これからもずっとずっと噛み砕いていくんだと思う。
特に話のまとめも無いですが、サイン絵本を受け取ったり、なんやかんや過去の記録を拝見する中で、この話をしようかなってふと思ったから書き留めただけでした。
ご清聴ありがとうございました!
【追記】その今となってはifエピソードになる話
楽曲のイメージレスポンスに位置付けたのがヨルシカさんの『靴の花火』
MVを貼っておきます。曲ってみんなそうやって配置するんですね。知らんかったな。